なんとかなる、なんとかする。

ぶいろくについて語りたくなったら書く化石の記録。

2007年9月28日私は何をして何を思ったか。を振り返る

私の中でずっと、それこそその時点で約15年アイドルだった井ノ原が、いきなり普通の男だったという現実をつきつけられたというか。しかも一方的とはいえ、私は相手の女性を知っている。

これから、家庭を持ったアイドルとして扱われる。下手したら彼女のブログでそういう話題がたくさん出てくる。目撃される。子供もできる。家庭の匂いを感じてしまう。

私はアイドルにそういうものは求めていなかったので、ずっとキラキラした私の中で一番かっこいい人でいて欲しかったのです。

それが、「そうじゃないよ」と言われた感じがした。

まぁ、結果的に今振り返れば、そういうCMだったり、話題が出たりすることもあるけれど、比較的本人の口から話題が出ないようにしているので、そこは配慮されている気がする。事務所も伝えているんだろうな、と思います。それはすごく助かっている。私にはありがたいと思う。あまり出してほしくない。

たまに、「もっと家庭の話をすればいいのに」という人がいるのを見かけるけど、私は絶対そんな姿は見たくない。やんわり出てくるのと、はっきり言うのとではまた違うと思っています。それを平気で言える人は、あの騒動のあと、激減した井ノ原のファン(というかうちわ)の状況を目で見てないのかな〜って思ったり。本当に減ったんですよ。こんなにわかりやすく減る!?っていうくらい、私は目の当たりにしました。アイドルが結婚するとファンが減るという状況。

本人が気づいていないわけがないと思っています。

気づいてないんだとしたら、基本的に最初からうちわなんて見てないんだと思う(笑)

結局、私はその年のコンサートは1回しか行きませんでした。本当は全部行くはずじゃなかったんです、キャンセルして。でも、唯一大阪公演の1回だけは、席が悪すぎて代行者が見つからなかったので(…)

忘れもしない、あの一番後ろの席で聞いた「I・N・O=NUT KID」は一生忘れないくらい心に沁みた。号泣してた(爆笑)それも、なんで泣いたのか未だにわからない。ああ、何せよやっぱり大好きだな、勝てないなって思ったのか。お願いだから家庭臭出さないでよって思ったからなのか。

未だに私はあの結婚宣言のハガキをどこにやったか覚えていないし(捨てたのかも)、会見も動画で見ちゃいません。いろんな意味で衝撃的だった9/28と9/29。それを自分まで記念日にしちゃったのは、私ができる地味な嫌がらせだと思っています。あの日を乗り越えてしまったから、私は一生死ぬまであの人のファンでいられると思う。

唯一、最初にファンの子に発表したかったという思いは、お願いだから最終日までとっといて欲しかった。初日に言うことではない。その点は反省してくれ。いろんな意味でみんなのトラウマ。なので私は相手のお方の信者でもないし、好きでもないし、どちらかといえば嫌いです(←)もともと好きな女優さんでもなかったし。ただ、私がこんなに泣いてこんなにいろんなことを思って、乗り越えた分離婚したら絶対に許さない、とも思っている。

おかげで私は今後ジャニーズ系のどのスキャンダルや結婚報道出ても、そうそう驚かない自信がある。だってメインがあんなに早く来てしまったので、もうどうでもいいもの(笑)

そんな強心臓にしてくれた井ノ原さんには感謝しております。